長年、論争の的になってきた一作品に転機が訪れたようだ。ヴェネツィアのコッレール美術館が所有する「赤いベレー帽の男性」像の作者が、ピエロ・デッラ・フランチェスカである可能性が浮上したのだ。
その豪奢な衣装からおそらく貴族の男性を描いたと推測されるこの肖像画の作者については、美術史家や歴史家たちの間で論争が続いてきた。論争に参加した著名な美術批評家には、ジュゼッペ・フィオッコ、ロベルト・ロンギ、バーナード・ベレンソンなどそうそうたるメンバーが名を連ねている。
また、作者と目された芸術家もヴィットーレ・カルパッチョ、バルトロメオ・モンターニャ、ロレンツォ・ロット、ジョヴァンニ・ベッリーニなど、ヴェネツィア派の大家が並び、作品の質の高さを証明している。しかし確たる正銘が得られないまま、「赤いベレー帽の男性」は謎のまま今日にいたっている。
通説では、ヴィットーレ・カルパッチョが最も有力な作者としてあげられることが多かったこの作品、ここ最近になってピエロ・デッラ・フランチェスカの作品ではという説が登場した。
その理由として、まずニューヨークのフリック・コレクションが所有するピエロ・デッラ・フランチェスカの作品「福音書の聖ヨハネ」の赤色と、「赤いベレー帽の男性」の赤色が酷似していることが上げられている。
また、「赤いベレー帽の男性」の左肩部分の背景に描かれた風景が、ウルビーノのサン・ドナートの丘とその地にある修道院の姿に合致する、という説もある。ピエロ・デッラ・フランチェスカは、ウルビーノの宮廷で長年活躍した画家である。
「男性像」の背景に描かれた木々はなぜか丸っこい形状で描かれている。この樹木も、ピエロ・デッラ・フランチェスカが描き、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーが所有する「キリストの降誕」の背景に描かれたそれと非常に似ているのだそうだ。
また、パルマのパラティーナ図書館に残るピエロ・デッラ・フランチェスカの「De prospectiva pingendi ( 透視図法について ) 」の自著と、「赤いベレー帽の男性」に残るサインが似ていると主張する研究者もいる。
とはいえ、これもまた一仮説に過ぎない。
赤い布地の柔らかさ、壮年の男性の分別ある表情、遠近法を駆使した背景などルネサンスの特徴を凝縮したこの作品、いずれにしても肖像画の傑作といって間違いないが、論争はまだまだ続きそうだ。