ハートマークは、今や国や地域を問わず目にする機会のある記号・デザインである。その良い例の一つが、ミルトン・グラサー氏により考案された「I♡NY (アイ・ラブ・ニューヨーク)」のロゴだろう。このロゴがニューヨークへの「愛」を表しているならば当然、他のあらゆるハートマークも同じく「愛」のシンボルだと誰もが思うはずだ。

しかし、「ハート=愛」という考えについては、古代ギリシャの歴史から見ると、どうにも納得できない点があるようだ。つまり、ハートマークは愛情の象徴として親しまれる前に、別の意義を持っていたとされる。それでは、一体いつからハートは愛を表すものと見なされるようになったのか。

今回は、知られざるハートマークの起源についての見解を紹介する。

ハートマークの起源:古典技術の観点から

英オックスフォード大学古典技術研究センター長のピーター・ステュアート氏によると、ハートマークの様な記号が最初に見られたのは古代ギリシャ時代にまで遡る。

しかし、今日私たちに馴染みのあるハートマークは古代のものとは異なり、中世もしくはルネッサンス期に誕生したものではないかと考えられる。

実際に、アメリカのゲティ美術館に展示されている陶器の中には、ハート型の模様がごく普通のデザインの如く描かれているものがある。この陶器はスキュポスと言われ、中世から遥か前の紀元前5世紀後半にアテネで作られたものだ。このハートマークに関し、ステュアート氏は以下のように指摘する。

「私たちが日頃、目にしているハートマークは、葉を抽象的に表したものである。更に、形は不完全なもののツタ科のアイビーの葉である可能性が高い。ハートマークの原形とされるツタに関わりがあるのが、ギリシア神話に登場する酒神ディオニューソスの存在だ。ハートのような模様が描かれた陶器は、酒宴の場で酒を飲むため作られた。」

では、このような歴史的背景が「愛」を意味するハートの誕生と関係しているのかというと、残念ながら関係はしていないようだ。その代わりに、ステュアート氏は現代のポップカルチャーにおけるハートマークを、愛や喜びを審美的に形どった結果だと考えている。

ハートマークの起源:宗教の観点から

宗教的な観点から考察することも、ハートマークの歴史を探る糸口の一つである。特に宗教に関する絵画には、ハートらしき絵図が描かれているものもある。

しかし、この観点から遡ることができる時代は中世までと限られている。キリストの聖心へ身を捧げる慣例は17世紀までしか遡ることができないし、シエナの在俗者カタリナの絵画は15世紀に描かれたもので、起源とは言い難い。

ハートマークの起源:美術研究の観点から

ハートマークが「愛」を意味するものとされた比較的初期の例がある。それは、トランプのカードである。現在使用されている4つの組札は、15世紀のフランスで初めて登場し、ドイツのトランプが元となり作られたと考えられている。

このドイツ式の組札が「葉」「ドングリ」「鈴」そして「心臓」であった。英コートールド美術研究所のナオミ・リーベンス氏は、こう述べている。

「4つの組札はそれぞれ異なる意味を持ちますが、いずれも近代フランス初期の社会階級と似通った点があります。」

リーベンス氏の考える、組札とフランスの社会階級の類似点は以下の通りである。
a) ハート=純粋な心<僧侶、聖職者>
b) スペード=槍の穂先<軍人、貴族>
c) ダイヤ=社会秩序を崩壊する兵器<兵士>
d) クラブ=クローバーの葉<農民>

この関係性から、ハートは階級の高い位置にあることがわかる。これが由来し、ハートは組札の中でも特別で優位な存在とされている。この歴史的な背景が、ハートマークが愛を表すきっかけになった証拠かというと、残念なことに、こちらも確かではないとリーベンス氏は答えた。

「I♡NY」作者の考察

ここまでハートマークの意味に関する見解を挙げたが、いずれも起源を断定できる証拠ではないのが実情だ。そんな中、かの「I♡NY」を制作したミルトン・グラサー氏は、自身の見解を述べている。

ロゴの世界的な反響について、グラサー氏はBBCのラジオ番組の中で「ハートは経験のシンボルである」と語っている。

人はたいてい、初めて何かを見るとまず「理解できない」と思うが、その後徐々に「ああ、そういうことか」と解釈をする。この解釈ができた時に覚える満足感こそ、特定のものに対して反応する人がいるのと、しない人がいる理由なのだという。

グラサー氏はこの解釈の仕組みと同じように、ハートマークを好ましいと思う人もいれば、思わない人もいるだろうと述べている。

ロゴへの賛否ではなく、ロゴ自体について理解する過程で満足感が生まれる時こそ、経験の象徴としてのハートマークが存在する意義であるのかもしれない。

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