今年3月、イタリアのリミニで行われた「第18回歯周治療学世界学会」において、美術史家のマルコ・ブッサーリが非常に興味深い発表をおこなった。芸術家たちが乱ぐい歯や過剰歯を作品の中で描くことは珍しくない。ミケランジェロが唯一無二の存在であるのは、彼が「33本目の歯」をイエス・キリストに与えたことである。

問題になったのは、ミケランジェロの作品の中でも最も高名な作品、彫刻《サン・ピエトロのピエタ》のイエスの口元であった。その口元を見ると、上あごの2本の前歯のあいだに、3本目の過剰歯が認められるのだという。

ネガティヴなイメージを与える過剰歯

ボッティチェッリをはじめとする多くの芸術家たちは、歯並びの悪い人物をたくさん描いている。しかしそれらは、あくまでネガティヴなイメージのある人物に描かれるものでああった。過剰歯は、悪徳や欲望を象徴する人物に描かれるのが通常であったのである。

古代においては、「過剰歯」は肉体における調和を乱すものとして毛嫌いされていた。日本では、八重歯というと愛嬌のシンボルのようにいわれているが、現代の欧米でも歯並びの悪さを矯正することは、親が子に与えるものの中でも重要性が高いもののひとつに数えられる。

西洋の哲学では、肉体における不調和は精神の安定の欠如にもつながる。過剰歯の存在は、解剖学が興隆しつつあったルネサンスの時代、つまりミケランジェロの生きた時代にはよく知られていたと推測される。

なぜ、ミケランジェロは「過剰歯」をイエス・キリストに描いたのか

それでは、他の芸術家たちがこぞってネガティヴなイメージで描き続けた過剰歯を、ミケランジェロはなぜイエス・キリストというキリスト教会にとって、最高の美徳に与えたのだろう?

前述の美術史家ブッサーリ氏は、ミケランジェロは、イエス・キリストを「全人類の罪を背負う人」として描いたためである、と主張する。つまり、神が人間に与えたもののひとつである「歯」も、原罪を背負う人間にとっては完璧なものばかりではありえず、過剰歯は人間の不可能を象徴するものだ、というのがブッサーリ氏の意見なのである。

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