基本情報

ロレンツォ・モナコ(本名ピエロ・ディ・ジョバンニ:西暦1370年〜1425年)はゴシック後期のルネッサンス時代のイタリアの画家である。イタリアのシエナにて、ピエロ・ディ・ジョバンニの名で誕生する。彼の幼少期に関しては記録が少ないが、フィレンツェに奉公に出ていたことは知られている。ジョット・ディ・ボンドーネと弟子のスピネロ・アレティーノとアーニョロ・ガッディから影響を受けた。
1930年にサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ協会のカマルドリ会修道院に入った。それ以降ロレンツォ・モナコ(英表記:修道士ローレンス)として知られるようになった。1390年代には彼の所属する修道院にラウレンツィアーナ図書館の3枚の板絵を創作した。

1404年頃から彼の作品には、ロレンツォ・ギベルティの初期の作品とゲラルド・スタルニーナなどの国際ゴシックの影響が見え始める。この時期からフィレンツェのアカデミア美術館のピエタが制作される。彼の作品の多くは、金の背景を使用していて、一般的な精神的価値を表現したが、通常非宗教要素は描かれなかった。

1414年に大量の聖人と鮮やかな色が特徴の聖母の戴冠を描いた(現在はウフィツィ美術館に展示)。晩年になるとロレンツォはマサッチオやブルネレスキ等の芸術家が発表したルネッサンス初期の革新を受け入れることができなかった。この点は、幾何学的観点が全く無いことで現在よく知られている1420年〜1422年頃に制作された《東方三博士の礼拝》に表れている。ロレンツォの作品は1420年代まで人気を維持し、それはサンタトリニタ教会のバルトリーニ サリンベニ礼拝堂にある、彼のフレスコ画作品のひとつである《聖母マリアの物語》等を代表とする彼の受けた依頼の多さで証明できる。

ジョルジョ・ヴァザーリは自身の伝記にロレンツォ・モナコのものを含めている。フィレンツェの歴史学者によると、おそらく壊疽または腫瘍等の未確認の感染症により亡くなった。

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