基本情報

テオ・ファン・ドゥースブルフ(1883年~1931年) は、オランダの画家、建築家、芸術理論家。1916年にピエト・モンドリアンと出会い、翌年、新造形主義の芸術雑誌「デ・ステイル」を創刊。1920年代にはヨーロッパ中を旅して、「デ・ステイル」のスタイルを広め、ドイツのダダイストら当時の前衛芸術家に大きな影響を与えた。1922年にはワイマールのバウハウスで教鞭を取り、当初表現主義的であったバウハウスの方針の転換に決定的な役割を果たす。1923年、新造形主義を建築に応用した「デ・ステイルの建築」展を開催、1925年には「エレメンタリズム宣言」を発表し、「デ・ステイル」の理念を絵画を越えて、建築や装飾、日常生活の道具類にまでダイナミックに適用することを唱え、モンドリアンと決別する。1929年、モンドリアンやカンディンスキーらの「セルクル・工・カレ」に対抗して、「ラール・コンクレ(具体芸術)」を創刊し、新造形主義に基づいた芸術運動を行った。また、1931年には、オーギュスト・エルバン、ジョルジュ・ファントンゲルローらに協力し、「アプストラクシオン=クレアシオン(抽象=創造)」の創立に参加するも、同年新造発作の為、急逝した。

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