基本情報

ピエール・ボナール(1867年 – 1947年)は、フランスのポスト印象派の画家、及び版画家であり、ポール・ゴーギャンの総合主義に感銘を受けた美術学生グループで結成した「ナビ派」の創設者の一人である。1886年、ボナールは陸軍省の役人の家庭に生まれた。1887年にパリ大学の法学部に入学、1889年に画家を目指し、エコール・ド・ボサール(国立美術学校)に入学したが、奨学金が取れず、アカデミー・ジュリアンに転学した。そこで、シェルジエ、ドニ、ヴァイヤール、ヴァロットンに出会い、後にナビ派を結成する。また、1890年エコール・ド・ボサールで開催された日本美術展を見て感銘を受け、自身の作品も日本画の影響が強く現れるようになる。1891年のアンデパンダン展と、同年のナビ派の初展覧会にて、ボナールは初めて自身の作品を出展した。ボナードは、絵画の他にも、家具やテキスタイルのデザインを手がけたり、人形劇用の人形制作、スクリーン塗装、舞台セット作り、イラスト本の制作も行う多才な芸術家であった。1900年にナビ派が解散すると、ボナールはノルマンディとパリの間の田舎町で多くの時間を過ごすようになり、多くの風景画を制作した。1906年には、独占契約を結んだ美術会社にて定期的に個展を開催し始め、その後も、主要な作品展を続け、アメリカにも渡り、1937年パリで開催された万国博覧会のフランスのパビリオンでは、作品展示の依頼を受けた。なお、1947年、彼の死の1週間前に完成した「花咲くアーモンドの木」が遺作となった。

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