基本情報

ジョルジュ・ルオー(1871年~1958年)は、フランスの画家、製図者、版画家であり、アンリ・マティスと並ぶフォーヴィズムを代表する画家として知られているが、ルオー自身は、流派とは一線を画して芸術を追及した孤高の画家であった。1871年ルオーはパリの貧しい家庭に生まれ、14歳でステンドグラス職人や修復作家として修行を始めた。後年のルオーの絵画作品に見られる黒く骨太な輪郭線には、ステンドグラスの影響が見て取れる。ルオーは、職人の見習いの傍ら、芸術学校の夜間クラスに入学し、次いで1891年にパリのエコール・デ・ボザールに入学。象徴派の巨匠ギュスターブ・モローの元で本格的に美術を学び始める。また、ここでアンリ・マティス、アルベール・マルケ、アンリ・マンギン、シャルル・カモワン等と出会い、フォーヴィズム運動の流れへと入っていくこととなる。1895年から、主要な展覧会に参加し始め、特にサロン・ドートンヌでは、宗教画や風景画、静物画を出品し、知名度を上げていった。また、師匠モローの死後、1903年に設立されたギュスターブ・モロー美術館では初代館長を務めた。20世紀に入ると、ルオーは議会、ピエロ、売春婦を主題にした社会批評を含む作品を描き、精神世界や実存主義の哲学者ジャック・マリテインの影響を受けていく。1910年、ドリュー画廊で初の個展を開催し、ドレスデン出身のドイツ芸術家たちを魅了し、ドイツ表現主義の誕生へ大きな影響を与えることとなった。1917年、ルオーは画商ヴォラールと契約を結び、ルオー作の全作品の所有権をヴォラールへ譲渡したが、裁判の末、完成する見込みのない300点以上の作品を取り戻し、ボイラーの火にくべた。ルオーは、第2次世界大戦後も制作を続け、1958年パリで死去。葬儀は国葬を賜った。

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