基本情報

ヤン・マテイコ(1838年 – 1893年)は、ポーランドの画家であり、ポーランドの歴史に残る政治的、軍事的な出来事を主題にした作品で知られている。マテイコは1838年、音楽教師であったチェコ人の父と、ドイツ人の母の11人兄弟の9番目の息子として、ポーランド領の一部にあった都市国家クラクフで生まれた。幼年時代のマテイコは、学業では苦戦したものの、比類なき芸術的天性を発揮し、1852年からヤギェウォ大学で学ぶ。1858年に政府から奨学金を受けミュンヘンに渡り、美術アカデミーで歴史画家ヘルマン・アンシュッツに師事した。その後、1859年から60年にかけてウィーン美術アカデミーで学び、クラクフに帰郷。以降、マテイコは生涯をクラクフで過ごすこととなる。マテイコが国際的な評価を得たのは、彼が30歳になる前だった。1865年にパリのサロンで金賞を受賞し、更に1867年、第一次ポーランド分断に反対した愛国者タデウシュ・レイタンを描いた作品は、パリ万国博覧会で金賞を受賞した。フランスの批評家たちは、ヨーロッパの代表的な歴史画家としてマテイコを絶賛した。マテイコは、自らの作品によって、今だ分断されているポーランドの実情をヨーロッパに知らしめることに成功し、これらの作品が高い評価を得たことで、安定した生活を手に入れることができた。1873年に、クラクフ美術学校の創設に携わり、53歳で他界するまで校長職につき、ポーランドの国民的画家となった。マテイコの生家は、現在マテイコ博物館となっている。

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