作品概要

アポロン像》は、画家のミケランジェロ・ブオナローティによって制作された作品。制作年は1530年から1530年で、バルジェロ美術館に所蔵されている。

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《アポロン像》は、バッチョ・ヴァローリの私邸に置くとして依頼された像であった。製作はアレッサンドロ・デ・メディチが公爵の位を与えられた頃中止され、その後、作品はコシモ1世のコレクションに加わった。

特長的な様式と製作方法は、これがミケランジェロの作品であるという証明を有利にしたが、一方で歴史資料の中には否定するものもある。

アポロン−ダビデ

ヴァザーリによれば、この像は「アポロン」であり、矢を射た後の震えを表しているのだと主張している。ところが、何者かが作成した1553年のコシモ1世の所蔵作品のリストには、この像を「ダビデ」としている。そのため芸術批評家はこの彫刻を「アポロン」または「ダビデ」、ハイフンを入れて「アポロン-ダビデ」または「ダビデ−アポロン」等、その不確定さを残すために表記を多様化している。

アポロン説を支持する者は以下のように主張している。「身体が頑丈で、成熟している点が、若々しく描かれることの多いダビデというよりは、典型的なアポロンの描き方である」。しかし、アポロンが持つべき矢はこの彫刻には彫られておらず、未完成の部分にも今後それが彫られるスペースはない。

また、1525年の時点では、ダビデとして製作を進める予定が、結果的にアポロン像となったという憶測も存在する。さらにこの作品を、1537年にヤコポ・ガッリが製作した、現存しない《アポロン・キューピッド(Apollo Cupid)》(バレンティナー、1958)であると識別しようとした人々もいた。

もしこの像をアポロンではなくダビデと見なすのであれば、シニョリーア広場にある更に有名で、壮健で、若々しい像と比べて、著しく異質である。たとえば潜在的なエネルギーや沸き起こる怒りを内に秘めた、文学の主人公のような印象を誇示する代わりに、ゴリアテに対する血みどろの事件の物悲しさや悔恨の念が読み取れる。また、像の姿勢や態度は一見ベールに包まれているようだが、実際は彫刻者の、フィレンツェを征服する者たちへの憎悪や敵意を表現しているという解釈も存在する。

コシモは、ミケランジェロ作品の中でも重要な像(《バッカス像》または《勝利像》)と共に、この《アポロン−ダビデ像》をボーボリ庭園に置いた。そして1824年にウフィツィ美術館へ移され、後にバルジェロ美術館の所蔵となった。

構造

《アポロン像》は裸の男性の姿を彫ったもので、謎めいた事柄は置いて、体勢に関して言えば身体をねじることで一見して複雑に作られており、さらに 身体の輪郭が徹底的に計算されているため、多くの視点を作り出している。

腕と足は関節を曲げながら効果的に相関される一方で、曲げられていない腕と足は完全に垂直である。例えば左腕は曲げられているが、右腕は伸ばされたままであり、一方で右足は伸ばされているが、左足はやはり曲げられ、未完成の台の上に置かれている(この台はゴリアテの頭を意図して作られたという説あり)。像の後ろには木の幹があり、像全体を支える重要な役割を果たしている。そして腰から背中の部分の大理石は未完成のまま終わっている。

左側への頭部の大きな捻りは、真っ直ぐ伸びた右腕とは対照的である(写真は右側部分は映されていない)。他方から見ると、左腕は上半身とは少し離して作られており、その点が大きな特徴を生んだ。

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基本情報・編集情報

  • 画家ミケランジェロ・ブオナローティ
  • 作品名アポロン像
  • 英語名未記載
  • 分類絵画
  • 制作年1530年 - 1530年
  • 製作国イタリア
  • 所蔵バルジェロ美術館 (イタリア)
  • 種類大理石彫刻
  • 高さ146cm
  • 横幅不明
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