作品概要

ヤン・ド・レーウの肖像》は、画家のヤン・ファン・エイクによって制作された作品。制作年は1436年から?で、美術史美術館に所蔵されている。

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《ヤン・ド・レーウの肖像》は、1436年初期フランドル派の画家ヤン・ファン・エイクにより小さな木製パネルに描かれた油彩画であり、現在ウィーンの美術史美術館に保管されている。

描かれた人物

ド・レーウはベルギー在住の金細工師であった。この肖像画の知名度によりほとんどの美術史家認めているが、ド・レーヌとエイクがお互いに良く知れた、親密な仲であったと言われている。

作品は未だに作成当時の額に入れられており、青銅のように見えるよう上塗りされている。ロンドンでの自画像のように、赤っぽく、黒とダークブラウンのぼかしで全体が占められている。ド・レーウは、どこか熱をこめた眼差しをむける、まじめな若い男として描かれており、黒い帽子に黒いファーの裏地がついたジャケットを着ている。彼は、こちらを見つめ、自分の職業を象徴する赤い宝石のついた金色の指輪を持っているが、その指輪は婚約指輪であるとも、またはその見つめるような眼差しから、婚約者のために描かれたものとさえ言われている。

額縁

外見的にそして色調的に、この肖像は、ロンドンのナショナルギャラリーにあるヤン・エイク自身の自画像にとても良く似ている。この2つの作品はそれぞれ、胴体に対して頭が大きい。ウィーンのパネルは、作成当時の額縁に入れられているが、「ドレスデンの祭壇」の中央のパネルや、彼の工房から輩出された数々の作品のあるロンドンのパネルの額縁と良く似ており、同じ職人により集められていたようだ。

パネルの縁には架空の額縁が、周囲にはっきりと描かれている。文字は黒く、フランドルの方言で描かれており、数字はアラビア文字で表されている。文字は見るものに直に語りかけており、「ヤン・ド・レーウ、1401年、聖ウルスラの祝宴で初めて目を見開いた。今、ヤン・ファン・エイクが自分を描いた。いつ彼が描き始めたのかわかるだろう。1436年」と読める。

「レーウ」のところは、モデルの苗字と掛けて金のライオンの象形文字で置き換えられている―「レーウ」とはオランダ語でライオンという意味である。一部の文字は架空の額縁に彫られており、また他の文字は浮き彫りにして盛り上がらせている。この文には3つの年号表記が含まれているようで、「しゃれた言葉のパズルのようなもので15〜16世紀の人文主義者の間ではやっていた」と言われており、ローマ数字の値で足し算される時代をその年号表記が象徴している。

逸話

バウマンによると年号は、完成の年、モデルの誕生の年、彼の年齢を表しているということだが、マックス・フリドランダーやエルヴィン・パノフスキーは最初の2つを支持した。記文の率直な面で述べれば、美術史家のティル=ホルガー・ボルヘルトは、絵画が「語りかけているようだ―この肖像は一人称単数で見る人に話しかけている。興味を引くような眼差しで座る者により主導する、見る側との対話が、額の中で『言葉で』続けられている。」と述べている。

この所感はメトロポリタン美術館のガイ・バウマンから共感を呼び、1986年に「ヤン・エイクは神のような手法で、モデルに視線を与えたり彼の生まれ変わりに影響を与えただけでなく、ファジオの言及を呼び戻し、肖像画に声をも与えた。」と書いている。

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基本情報・編集情報

  • 画家ヤン・ファン・エイク
  • 作品名ヤン・ド・レーウの肖像
  • 英語名未記載
  • 分類絵画
  • 制作年1436年 - 不明
  • 製作国不明
  • 所蔵美術史美術館 (オーストリア)
  • 種類油彩画、パネル
  • 高さ24.5cm
  • 横幅19cm
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