作品概要

魔女の夜宴、または偉大なヤギ》は、画家のフランシスコ・デ・ゴヤによって制作された作品。制作年は1821年から1823年で、プラド美術館に所蔵されている。

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《魔女の安息日または偉大なヤギ》は、スペインの画家フランシスコ・ゴヤによる油彩壁画である。1821?~1823年の間に完成したと思われる。それは、暴力・脅迫・老化・死のテーマを探求している。

作品の構図

サタンは、図体の大きな男でやぎの姿をしており、醜く恐ろしい魔女の集団に囲まれ月夜に照らされて影になっている。右の遠くに黒く描かれた若い少女が引き下がって座っていて、他の女たちから別れ退いている、恐らく挑戦的態度であろう。ゴヤはその時75歳前後で、一人で暮らしており、精神的にも肉体的にも激しく困窮していた。

作品の時代背景

この画は、ゴヤが「Quinta del Sordo(耳の聞こえない人の屋敷)」といわれた彼の家の壁に油彩で描いた『黒い絵』と呼ばれる14の絵のひとつである。それは秘密で完成され、彼は「黒い絵」の制作に関して、作品のタイトルをひとつも残さず、作品への意向についての記録も残していない。

美術史家は概して《魔女の夜宴、または偉大なヤギ》はその時代の軽信・迷信についての非難、スペインの宗教裁判における魔女裁判への風刺であるとしている。

14の絵の他の作品と同じように、本作は画家の幻滅感を反映しており、《戦争の惨禍》の版画シリーズである、彼の初期のエッチング「理性の眠りは怪物を生む」に主題が連結されていると言われる。

作者の死後

彼の死後から約50年が経過した1874年前後、その壁画は取り出されキャンバスの土台へと移された。《魔女の夜宴、または偉大なヤギ》は、キャンバスへ移される前はもっとずっと幅が長かった。それは、《黒い絵》の中で一番幅が広かったが、移動の際、その右手側約140㎝がカットされ、141×436㎝となり、その構成は著しく切り落とされている。

数人の鑑定家は、それにより取りつかれたような恐ろしい雰囲気が加わったと言及したが、他の鑑定家達はバランスの中心を動かしてしまい、ゴヤの意向をゆがめ絵のインパクトを損ねていると述べている。

作者の恐れ

ゴヤは、後世のいくつかの作品を、意図的に発表しなかった。最も特筆すべきは、戦争の惨禍のシリーズである。これらは今日、彼の素晴らしい作品に数えられると考えられている。彼は、老齢の死と狂気の恐れに悩まされていた。

たぶんその後者は、1790年代初期から聴覚を失った診断を得られない病に引き起こされた不安によるものであろう。ゴヤは、王室に職を得た成功した画家であった。しかし、晩年公的な人生を退かせられた。

1810年代後期から彼はマドリードの外れの、スタジオに改装した農家に住んでいた。その家が「La Quinta del Sordo(耳の聞こえない人の屋敷)」である。

屋敷の作品

アントニオ・ブルガダは、一階の二つの窓の間の壁いっぱいに作品が描かれていて、反対側には《聖イシドロへの巡礼》があった。右の壁には《我が子を食らうサトゥルヌス》があり、左の壁に《ジュディスとホロフェルネス》《レオカディア》《二人の老人》《スープを飲む二人の老人》があったとしている。

しかし美術史家ローレンス・ゴーイングは、一階は主題に関連し男性のサイド《我が子を食らうサトゥルヌス》《聖イシドロへの巡礼》、そして女性のサイド《ジュディスとホロフェルネス》《魔女の安息日》《レオカディア》に分けられていたと指摘している。

絵のモチーフ

サタンは、土の小丘から説教をしていて、聖職者の服を着ている。それは、スータン(法衣)かもしれない。彼は、やぎのようなあごひげと角をもっていて影の形で立っている。そのシルエットは、彼の重い体と大きく裂けた口を引き立たせていて、その口は叫んでいるかのように描かれている。

やぎの姿は、アタナシウス・キルヒャーに描かれた、イスラエルのカナン人の邪神モレクのイラストから引き出されたのかもしれない。彼は、腰を低くし怯えた女たちの輪の前で裁判をしている。

美術史家の評論

美術史家たちは、それは魔女の集会のようだと認めた。数人は恐れてその頭を下げ、他の者は口をあけて畏れに心をとられて彼を見ている。美術史家ブライアン・マクウェイドは、「女たちは人間に近いグループの集団で獣的な姿と低能な凝視をしている」と述べている。

サタンの絶対的な女たちへの力は、ゴヤの1815年の作品「フィリピンの軍事政権」の中の王の力にたとえられる。その権威は、尊敬や個人のカリスマからではなく畏れと支配から得られている。女たちは、老若混ざっていて似た姿のものがよりあわされ、ほとんどの者が顔をしかめ神経質に媚びへつらっている。

色の使法

雰囲気を創り出すゴヤの色の使法は、ベラスケスとホセ・デ・リベーラ両方をしのばせている。リベーラはカラヴァッジオの賞賛者で、テネブリズム(明暗対比画法)とキアラスクーロ(明暗配合の画法)を使っていた。ゴヤは、これらを元にレンブラントに倣ったのだ。

一人の老女が後ろ姿でやぎの右に座っていて、彼女の顔は半分隠れている。そして彼女は、白いフードのベールを身にまとい修道女のようだ。彼女の右側のそばの地面には、ボトルやガラス瓶がある。

美術評論家ロバート・ヒューズは、それらは悪魔的儀式に、必要な薬を含んでいるのではないかという。

数人の人物の目は白い絵の具で描かれ並び、二人の主な人物であるやぎと遠く右の女の顔は隠れている。その女は、グループから離れおそらく魔女の集会への入会志願者であろう。彼女は、ゴヤのメイドで恐らく愛人であったレオカディア・ワイスの可能性がある。彼女の全身の肖像は同じシリーズの中に現れてくる。

他の「黒い絵」と同じように、ゴヤは少し明るい顔料で塗り覆った黒の背景で始めた。それからグレーと青と茶の幅広く重い筆遣いで塗った。より暗い色のエリアは、黒い下塗りを風化させて成し遂げられた。これは、悪魔の姿に最も明確になっている。このシリーズの他の作品のように、《魔女の夜宴、または偉大なヤギ》は重く切り下す筆遣いで制作されている。

その壁土は、濃いカーボンブラックで下塗りされており、そのカーボンブラックは白鉛とプルシアンブルーと水銀の朱色と透明なガラスの粉と酸化硫黄の黄色の色合いを用いて作られた。

彼は、多分ミックスした材料で制作した。技法分析は「黒い絵」のほとんどが予習的なドローイングから始められたと指摘するが、本作は例外で、最終構図は直接壁に塗られたものと思われる。

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基本情報・編集情報

  • 画家フランシスコ・デ・ゴヤ
  • 作品名魔女の夜宴、または偉大なヤギ
  • 英語名未記載
  • 分類絵画
  • 制作年1821年 - 1823年
  • 製作国不明
  • 所蔵プラド美術館 (スペイン)
  • 種類油彩壁画(後にキャンバスへ移される)
  • 高さ140.5cm
  • 横幅435.7cm
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