作品概要

ジュリアーノ・デ・メディチの肖像》は、画家のアンドレア・デル・ヴェロッキオによって制作された作品。制作年は1435?年から1488?年で、ナショナルギャラリーに所蔵されている。

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作品の概要

メディチ家のお気に入りのアーティストであったヴェロッキオは、1475年にフィレンツェで開かれた、ジュリアーノ・デ・メディチの成人祝いの馬上槍試合のために、この活き活きとしていて威厳を感じさせる《ジュリアーノ・デ・メディチの肖像》を制作したと考えられている。

制作された当時の作品の姿は、胸部には色が塗られ、金属のヘルメットを被り、それ以外にも装飾が施されていた可能性がある。色はないものの、テラコッタの色が作品に暖かな雰囲気を与えている。またジュリアーノ胸に飾られている、奇想を凝らした鎧兜をモデルとした翼の生えた顔は、特に存在感を放っている。

ジュリアーノ・デ・メディチの生涯

本作のモデルとなっている、ジュリアーノ・デ・メディチは、ルネサンス期イタリア・フィレンツェ共和国の政治家であった。兄と共に父の死後、家業の銀行とフィレンツェ政府の運営を引き継いだ。

当時のフィレンツェの事実上の支配者であった、ロレンツォ大帝の最愛の弟であったジュリアーノには、重要な将来が期待されていたが、その望みは突如打ち破られることとなる。1478年4月26日に、メディチ家王政の転覆を狙った一団の奇襲があり、ミサの最中であったサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会で兄弟共に襲われてしまう。この時、兄のロレンツォ大帝は助かったものの、弟のジュリアーノは命を奪われてしまい、短い生涯の幕を閉じる。

なお、この謀反はその後メディチ家によって抑え込まれ、失敗に終わった。

作者とメディチ家との関係

ドナテッロの死後、ヴェロッキオはメディチ家のお気に入りのアーティストとして重用されるようになる。ロレンツォ大帝からその息子のピエロにわたって、その重用はヴェロッキオが人生を終えるまでの20年もの間続けられた。メディチ家の支援のおかげもあり、ヴェロッキオは本作を含む数多くの胸像や、様々な技法、題材、素材を使った作品作りに取り組むことができたようだ。

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基本情報・編集情報

  • 画家アンドレア・デル・ヴェロッキオ
  • 作品名ジュリアーノ・デ・メディチの肖像
  • 英語名Giuliano de' Medici
  • 分類彫刻
  • 制作年1435?年 - 1488?年
  • 製作国イタリア
  • 所蔵ナショナルギャラリー (アメリカ)
  • 種類テラコッタ
  • 高さ61cm
  • 横幅66cm
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