作品概要

明るい瞳》は、画家のジョージ・グロスによって制作された作品。制作年は1922年から1924年で、オルブライト=ノックス美術館に所蔵されている。

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《明るい瞳》はドイツの画家ジョージ・グロスによって1922-1924年に制作されたリトグラフである。オルブライト=ノックス美術館に所蔵されている。

第一次世界大戦の勃発とドイツ軍への失望

 
ジョージ・グロスは、本名ゲオルク・エーレンフリート・グロースとして、ベルリンの労働者の家庭に生まれる。7歳で父が死去する。1909年から1911年までドレスデンの王立美術院に学んでいる。1910年にはすでに複数の諷刺雑誌に関与している。1912年から1914年まではベルリンの美術工芸の学校で学ぶ。 1913年の数ヶ月はパリの由緒あるアトリエ・コラロッシでも学んでいる。

翌年の1914年6月28日、ユーゴスラヴィア民族主義者が、サラエヴォへの視察に訪れていたオーストリア=ハンガリーの帝位継承者フランツ・フェルディナント大公を暗殺した事件が引き金となり、第一次世界大戦が勃発する。各国政府および君主は開戦を避けるため力を尽くしたが、戦争計画の連鎖的発動を止めることができず、瞬く間に世界大戦へと発展したとされる。そして、それまでの数十年間に構築されていた欧州各国間の同盟網が一気に発動された結果、数週間で主要な欧州列強が全て参戦することとなった。

第一次世界大戦は、7千万以上の軍人(うちヨーロッパ人は6千万)が動員され、史上最大の戦争の1つとなった。

第一次世界大戦の勃発後、グロスは1914年ドイツ軍に入る。第一次世界大戦を「全ての戦争を終わらせるための戦争」と賛美して志願兵となるも、重傷を負って入院生活を送り、戦争の実態に幻滅しつつ、1915年に除隊される。1917年1月に徴兵されたが、同年5月には兵役不適格とされて再び除隊となった。 戦争の最前線を経験したグロスは、ドイツの民族主義や愛国主義を深く嫌悪するようになる。医学的理由のため軍から除隊されたグロスは、彼の絶望、嫌悪、及び、幻滅を表す残忍で皮肉な絵画を描き始める。

グロスの日本への影響

第一次世界大戦後のドイツの世相を痛烈に風刺した画家であるグロスが日本に始めて紹介されたのは1920年代の初頭である。ミュンヘンやベルリンが芸術都市として知られるようになったこの頃に、ようやくドイツの現代美術も注目されるようになった。そして表現主義やベルリン・ダダ、構成主義、新即物主義などが相次いで日本に紹介されることになった。
グロスの作品は日本の前衛美術家たちに大きな衝撃を与え、大いに賞賛された。

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基本情報・編集情報

  • 画家ジョージ・グロス
  • 作品名明るい瞳
  • 英語名Bright Eyes
  • 分類絵画
  • 制作年1922年 - 1924年
  • 製作国ドイツ
  • 所蔵オルブライト=ノックス美術館 (アメリカ)
  • 種類リトグラフ
  • 高さ50.32cm
  • 横幅35.08cm
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