作品概要
《雲海の上の旅人》は、画家のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒによって制作された作品。制作年は1819?年で、ハンブルク美術館に所蔵されている。

雄大な自然
《雲海の上の旅人》は、杖を持ち、フォーマルに装った一人の男を描いている。彼は岩の上に立ち、人のいない雲海を見渡している。彼はじっと動かず、髪だけが見えない風に乱されている。背景には、白い雲で満たされた空と、霧を通して見える山の稜線が描かれている。
男が彼の前にある広大さそのものを眺めているように、画面の中の自然の雄大さは、静かで穏やかな眺めではなく、自然の真の力を明らかにするものとして描かれている。
主題
この絵に描かれた岩山は、ドイツ南東部のザクセン州とチェコ・ボヘミア地方にまたがるエルベ砂岩山地である。
フリードリヒは、他の作品と同じ様に、これらを屋外でスケッチしてからアトリエに持ち帰り、再構成して絵画に取り込んでいる。遠景右手に描かれたのはツィルケルシュタイン山であり、左手の山はローゼンベルク山かカルテンブルク山と思われる。手前の岩山はラーテン村近郊のガムリッヒ山のようであり、男の立つ岩はカイザークローネの山々である。
ドイツロマン主義
フリードリヒの永遠を感じさせる瞑想的で緻密な風景には、根源的にはつながっている自然と人間、そして、それを超えた彼方にあるものを表そうとした画家の宗教的感情が描かれている。ちっぽけな人間と計り知れない自然。ロマン主義で生まれたこのような自然観を表した画家は、次のようなコメントを残している。
「画家は目の前に見えているというものだけを描くのではなく、自分の内面に見えているものを描くべきである。もしも内面に何も見えないのなら、目の前にあるものを描くことはやめるべきだ」と。
政治的主張
フリードリヒは作品を通して政治的な主張をしていることが知られている。それはしばしば、わずかに暗号化されている。人物が身に着けている服は、ドイツ解放戦争中に学生などが着用していたものである。この絵画が描かれる頃には、ドイツの新政権によりこの服は着用が禁じられていた。
この服を着た人物を意図的に描写することによって、彼は現政権に対抗する、目には見えるが控えめな立場をとった。
ナチスによる利用
しかし、この作品の政治的性質はそこで止まらなかった。彼の作品(特に本作)は、ドイツのナショナリズムの象徴としてナチス政権によって利用された。フリードリヒはありのままの図像を単純で示唆的なメッセージに置き換えたので、彼の絵は新しい政治的意図に合うように簡単に再解釈されてしまった。
彼の作品がナチズムの汚点無しで再び見直されるようになる1980年代までには、三十年以上の時が必要であった。
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