作品概要

クロアチアの司令官ズリンスキーによるシゲットの防衛 :連作スラヴ叙事詩より》は、画家のアルフォンス・ミュシャによって制作された作品。制作年は1914年から1914年で、ヴェレトゥルジュニー宮殿に所蔵されている。

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《クロアチアの司令官ズリンスキーによるシゲットの防衛 》はアルフォンス・ミュシャによって1910年から1928年の間に制作された壁画連作〈スラヴ叙事詩〉のうち第十四の場面にあたる作品である。この場面は1914年に制作された。

〈スラヴ叙事詩〉

チェコで生まれ育ったミュシャは、パリに移住して時代の寵児になった後も故郷の状況を憂えていた。チェコは当時オーストリア・ハンガリー二重帝国の支配下にあり、民族の自由を失っていたからである。

ようやく民族意識に目覚め始めたチェコでは、『モルダウ』を作曲したスメタナや『ボヘミア史』を著したパラツキーらが自国の文化や歴史を様々な分野で表現していた。ミュシャはパリで名を挙げた画家として、その才能を祖国のために生かしたいと熱望するようになった。特に、1900年のパリ万博でボスニア・ヘルツェゴビナ館の装飾を手がけた時スラヴ民族について調査したことが、スラヴ叙事詩構想の直接的な契機となったようだ。

そうして〈スラヴ叙事詩〉の構想が始まり、それは18年の歳月をかけて20枚の壁画に結実した。しかし、壁画が完成した1928年には既にチェコは「チェコスロヴァキア」として独立を達成しており、また美術の流行が変化していたこともあり、建国10周年の記念イベントとして開かれたこの展覧会も期待されていたほど大きな注目を浴びることはなかった。

作品

オスマン帝国はたびたびヨーロッパに侵入を繰り返していたが、1566年、ついにシゲット(現在のハンガリー、セゲト)に侵攻した。クロアチア貴族ニコラ・ズリンスキーは都市の防衛を試みたが、奮闘空しく戦死した。しかしその妻エヴァは火薬庫に火を放ち、多数の犠牲を出しながらもトルコ軍を撃退した。

この絵では最前景に黒い煙がたちのぼり、すでに火薬庫に火が点いていることを示している。左にはトルコ軍が迫り、右上には状況を見守るエヴァの姿がある。

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基本情報・編集情報

  • 画家アルフォンス・ミュシャ
  • 作品名クロアチアの司令官ズリンスキーによるシゲットの防衛 :連作スラヴ叙事詩より
  • 英語名未記載
  • 分類絵画
  • 制作年1914年 - 1914年
  • 製作国チェコ
  • 所蔵ヴェレトゥルジュニー宮殿 (チェコ)
  • 種類壁画
  • 高さ610cm
  • 横幅810cm
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