作品概要

赤い娼婦のいる街路》は、画家のエルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナーによって制作された作品。制作年は1914年から1925年で、ティッセン=ボルネミッサ美術館に所蔵されている。

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表現主義の町ベルリン

1911年の秋、キルヒナーはほかの「ブリュッケ」のメンバーと同じく新しい刺激を求めてドレスデンからベルリンへと居を移した。ドイツ帝国の首都ベルリンは1908年以降オットー・ミューラー(1910年にブリュッケの一員となる)のホームタウンとなり、マックス・ペヒシュタインも1908年にイタリアから帰国するとその地を活動の拠点にしていた。

熱狂渦巻く世界にキルヒナーは魅了され、絵の画題とスタイルに変化が起きる。第一次世界大戦が数か月後に勃発しようかという1913年にブリュッケは解散する。孤独を感じながらキルヒナーは「街路」シリーズで通りを描いた絵をいくつも制作し、ベルリンの表現主義画家として認知されるようになった。

まったく同じ構図の絵葉書

絵の裏書を読むと、《赤い娼婦のいる街路》は1914年にベルリンで描いたとある。絵の中央にはひと際目を引く赤い服を着た人物が置かれている。赤はブルジョア・反ブルジョアのどちらの象徴にもなり得る色だ。女は街角に立ち、通りがかりの男たちの関心を集めている。

この場面は1910年にキルヒナーがヘッケルにあてて送った葉書きにもまったく同じ構図が見られる。赤い服を着た女が道をふらついていて、くっきり引かれた斜線によって男たちが通り過ぎていく様子を表現している。

また前景には姿がはっきりした人物がいるのも同じである。このことから、キルヒナーは心を動かされた出来事から発想を得たアイデアをすでにいくつも持っていて、それをベルリンでさらに発展させていたのだということがわかる。

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基本情報・編集情報

  • 画家エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー
  • 作品名赤い娼婦のいる街路
  • 英語名未記載
  • 分類絵画
  • 制作年1914年 - 1925年
  • 製作国ドイツ
  • 所蔵ティッセン=ボルネミッサ美術館 (スペイン)
  • 種類油絵
  • 高さ125cm
  • 横幅90.5cm
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