作品概要

ヴァリーの肖像》は、画家のエゴン・シーレによって制作された作品。制作年は1912年から1912年で、レオポルド美術館に所蔵されている。

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《ヴァリーの肖像》は、 オーストリアの画家エゴン・シーレによる1912年の油彩画である。描かれている「ヴァリー(ヴァルブルガ・ノイツェル)」は、シーレが1911年に出会った女性である。出会った当時、シーレは21歳、ヴァリーは17歳であった。ヴァリーはシーレの恋人かつモデルとなり、シーレによる数々の印象的な絵画に登場している。

モデルについて

シーレと出会ったヴァリーは、シーレとともにはウィーンに赴き、モデルを務めるようになった。ヴァリーについて詳しいことはあまりわかっていないが、この以前はグスタフ・クリムトのモデルであり愛人の一人であった可能性もある。

二人は安価なアトリエや、インスピレーションを得られる環境を求めてウィーンより35km西にあるノイレンバッハに移動した。首都にあったアトリエと同じく、シーレのアトリエはノイレンバッハの非行児童たちの溜まり場となった。シーレは町の住民の間で多くの敵意を呼び起こし、1912年4月、幼い少女と一夜を明かしたとして逮捕され、3週間の間勾留された。その際、百点以上の絵がポルノとして押収された。猥褻行為の疑いは晴れたが、猥褻な絵を子供が見られる場所に展示したとして有罪判決を受け、3週間の勾留に加え、さらに3日間の禁固刑が宣告された。

別れ

1914年、シーレはウィーンの郊外に移動した。アトリエのある通りの向かい側には、中産階級職人のハルムス家があった。ハルムス家にはエーディトとアデーレの姉妹がいた。シーレは、1915年2月に、友人へのメモで「結婚しようと思っている。ヴァリーとはしない」と書いている。シーレがヴァリーにそれを告げると、ヴァリーはすぐに彼のもとを去り、その後二度と彼と会わなかった。シーレはエーディト・ハルムスと1915年6月17日に結婚した。

シーレと別れた後、ノイツェルは看護師として訓練を受け、ウィーンの軍病院で働いた。1917年12月25日、彼女はクロアチアのダルマチア地方で、猩紅熱で死亡した。23歳であった。

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基本情報・編集情報

  • 画家エゴン・シーレ
  • 作品名ヴァリーの肖像
  • 制作年1912年-1912年
  • 製作国フランス
  • 所蔵レオポルド美術館 (オーストリア)
  • 種類油彩、板
  • 高さ32cm
  • 横幅39.8cm
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