作品概要

マルセイユのノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院》は、画家のポール・シニャックによって制作された作品。制作年は1905年から1906年で、メトロポリタン美術館に所蔵されている。

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《マルセイユのノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院》は、フランスの新印象主義の最も重要な画家のひとりであるポール・シニャック(1863-1935)によって1905年から1906年にかけて制作された油彩画である。

優しき聖母

1905年の終わりにマルセイユを訪れたあとに、シニャックはアトリエで2枚のかカンバスに作品を描いていた。その一枚がこの港を臨む景色だ。丘の上に誇らしげにそびえるノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院に面している。寺院は船乗りたちから、ボン・メール(優しき聖母様)と愛称がつけられている。明るい、大胆な色使いと構図は、画家のアンリ=エドモン・クロスとアンリ・マティスの画風に触発されたものだと考えられる。ふたりはシニャックの友人であり、前年の1904年の夏にサン=トロペのシニャックのアトリエを訪れていた。

パレットの上で絵の具を混ぜ合わせないまま、キャンバスに大まかに点描をうっていく。 モザイク用のテッセラのようだ。シニャックは、ジョルジュ・スーラによって考案された点描画法の新しい可能性に挑戦している。

新印象派と印象派

1885年12月以降、シニャックとスーラの新印象主義運動のリーダーとして、点描法と分割主義から生まれる色彩世界を繰り広げていった。第8回の最後となる印象派展にも新しいスタイルで作品を出品した。

だが、印象主義と新印象主義の画風の違いは明らかだった。エドゥアール・マネの弟で、ベルト・モリゾの夫であるウジェーヌ・マネなど批判する者もあったが、シニャックら新印象主義者は前向きに捉え、自らの作品を制作しつづけた。

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基本情報・編集情報

  • 画家ポール・シニャック
  • 作品名マルセイユのノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院
  • 英語名未記載
  • 分類絵画
  • 制作年1905年 - 1906年
  • 製作国フランス
  • 所蔵メトロポリタン美術館 (アメリカ)
  • 種類油彩
  • 高さ88.9cm
  • 横幅116.2cm
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