作品概要
《日没》は、画家のフランソワ・ブーシェによって制作された作品。制作年は1752年から1752年で、ウォレス・コレクションに所蔵されている。

タピスリーの下絵
《日没》は《日の出》と対を為す作品であり、1752年に制作された。どちらもルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人により依頼され、ゴブラン織りのタピスリーの下絵として制作された。1754年と1755年にそれぞれ仕上がったタピスリーは、パリとヴェルサイユの中間にあるベルヴュー城の王の寝室に飾られた。ベルヴュー城は、ルイ15世の後宮としてポンパドゥール夫人により建てられた邸宅である。
ポンパドゥール夫人の役割
1750年代、ポンパドゥール夫人はルイ15世の政治顧問や事実上の宰相としての役割を果たした。その事実は絵画やタピスリーでも描かれている。
海の女神テティスは、太陽の馬車に乗る太陽神アポロンを助け、仕事を終えた彼を歓待すると考えられていた。これはポンパドゥール夫人の政治的役割を反映している。オウィディウスによると、太陽神アポロンは、日中は馬車を走らせて世界に光をもたらし、夕方には波の下に沈んでいく。これは「太陽王」と称されていたルイ14世の治世を表す寓意でもある。ポンパドゥール夫人は、ルイ15世の前任者であるルイ14世とその愛人であり秘密の妻、マダム・ド・マントノンの役割を、それぞれルイ15世と自分自身に繋がるようにブーシェに描かせた。
評価など
本作は、1753年にサロンに展示された。ガブリエル・ド・サントーバンによるエッチングは、《日の出》が左側に、《日没》が右側に展示されていたことをはっきり示している。また、人物、水、雲、光を無理なく融合させたこの作品は、18世紀半ばのヨーロッパにおいて最大の絵画として有名である。
タピスリーが王の寝室にどのように配置されたかは不明だが、ベッドの両脇に設置されていたはずである。ポンパドゥール夫人はこの絵画を保存し、ベルヴュー城一階の警護室に飾った。下絵は通常タピスリーとともに保管されていたので、これは非常に珍しいことである。
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